順問題と逆問題 は対ですが、学問としては逆問題を扱っているものの方が多いです。
理学や工学の分野では、「逆問題」を旗印にした研究が見られますが、 特に「逆問題」と示していなくても、逆問題を扱っている分野は他にもあります。
統計学 では、データから 分布 、 平均値、標準偏差 といったものを 推定 して行きますが、これは逆問題を扱っている、と言えます。
機械学習 もデータを元にして、ふさわしいモデルを作っていくので逆問題です。
「システム同定」は、 制御 を扱う分野での逆問題の呼び方です。
入力と出力のデータから、あるいは出力データだけから、 対象と同一とみなせる 数理モデル を作ることを、「システム同定」と言います。
実際には、 「対象の本当のメカニズムは確かめられないけれども、対象とほぼ同じようは入力と出力の関係になっているモデルを作りたい。」、 という目的で使われる事が多いようです。 同定したモデルをヒントにして、本当のメカニズムがわかると一番良いのですが、そこはわからないままモデルが使われる事が多いようです。
拡散方程式等、自然現象を表す数理モデルがいろいろと知られていますが、 これを最大限活用していこうとする研究があります。
非破壊検査や非接触検査等、直接的な 測定 ができないものを測るための技術が「逆問題」になります。
測ったデータと数理モデルを使って、知りたい事の情報を手に入れます。 そのために、どのような数理モデルを使えば良いのか、何をどのように測る事が必要なのかの研究があります。
流体や構造物の逆問題で使われる数理モデルについては、 数学としての研究もいろいろとされています。
逆問題では解がひとつに定まらない事があるので、 数学的には「不適切問題」と呼んで、数学の問題としては良くないとする議論もあります。
ちなみに、「逆問題」をタイトルにしている解説の中で数学的な説明がされている時は、 統計学はほとんど出てきません。
法則を知っているのなら、原因となる事が起きた時に、結果として何が起こるのかがわかります。 「順問題を解く」とは、こういう事です。
ところが、結果は明らかでも、その原因はいろいろと考えられます。 法則のようなものを知っている場合はまだ良いのですが、それを知らない場合もあります。 法則のようなものを知っている場合というのは、流体や構造物の分野で研究されている逆問題です。 この分野では、既知の法則を駆使して行きます。
逆問題の難しさとして、データに ノイズ が含まれている事もあります。 ノイズがあると、結果がぼやけて見えてるので、原因の推定がさらに大変になります。 相関関係の探索 では、よくある話です。
逆問題を解く時は、数理モデルの答えとしてのデータの他に、 いろいろな情報を駆使する事になります。 そのため、「境界値問題」の一種とも言えます。
逆問題の種類はいろいろなので、解き方や関わり方もいろいろですが、 筆者の理解している範囲でいくつか挙げてみます。
「データから、そのデータを生み出すモデルを見つけ(逆問題を解き)、 見つけたモデルを利用する(順問題を解く)」という取り組みは、 統計学 や 機械学習 の分野では、ごく普通にされています。 これらの分野はもともと順問題と逆問題を扱うためのものなので、 これらの分野の参考文献はここに書いていません。
「システム同定の基礎」 足立修一 著 東京電機大学出版局 2009
システム同定のステップと、各ステップの詳細があります。
スペクトル解析
をしたり、ARXモデルのような回帰モデルや、
状態空間モデル
を使って、同定しています。
「システム同定」 計測自動制御学会 編 コロナ社 1995
上記の本に比べると、事典風の説明ですが、内容は詳しいです。
ニューラルネットワーク
による同定もあります。
「有限要素法・境界要素法による逆問題解析 : カルマンフィルタと等価介在物法の応用」
村上章 他 著 コロナ社 2002
逆問題を解くということと、適切なシステム同定をすることが、ほぼ同じ意味で書かれています。
「応用例で学ぶ逆問題と計測」 小國健二 著 オーム社 2011
魔方陣を解く問題を、逆問題の難しさや、基本的な考え方の例としてスタートします。
魔方陣の場合は、「1から9までの数字をすべて使う」というルールが、
数学でこの問題を表せないため、難しさのひとつになっています。
その後で、拡散方程式、波動方程式、ラプラス方程式の問題になります。
角砂糖が解ける現象に対して、最初の角砂糖の形を逆問題を解いた結果として導けるかどうか等、
逆問題が解ける範囲も解説しています。
「逆問題入門」 山本昌宏 著 岩波書店 2002
物理学や工学の例を挙げて、逆問題が特殊な話ではないことを力説しています。
逆問題の数学解析が明らかにすべきこととして、「一意性」と「条件付き安定性」を挙げています。
また、逆問題は、ノイズのあるデータから解を見つける必要があることも挙げています。
「逆問題の考え方 結果から原因を探る数学」 上村豊 著 講談社 2014
恐竜絶滅、振動、量子力学、海洋循環が例になっています。
プランクのエネルギー量子の発見は、2段階の逆問題。
1段目は、黒体放射の実験結果から放射公式の導出。
2段目は、放射公式を観測結果と見立て、そこからエネルギー要素を決定。
正則化法:非適切問題を適切問題に近似させて解く。
不鮮明な衛星写真から情報を取ることも逆問題。
「逆問題」 田中博 他 著 岩波書店 1993
前半は、医学・生物学・資源探査を題材にして逆問題の話をしています。
後半は数学の話です。
医学のところでは、視覚の仕組みを逆問題として捉えた研究もあります。
「逆に考え、逆に解く」 久保司郎 著 オーム社 1997
見えない場所の形や状態を調べる方法としての逆問題の例が多いです。
逆問題を解く方法を逆解析と呼んでいます。
大規模な連立方程式を解いたり、
シミュレーション
を繰り返す事で、結果に近い値を出すモデルを見つける方法を紹介しています。
逆解析は昔からあったが、コンピュータを使って大規模な計算をして解く方法は、最近になって発達したものとのことです。
生物に学ぶ逆解析の解き方として、
ニューラルネットワーク
や
遺伝的アルゴリズム
も紹介しているそうです。
「はじめての逆問題 具体例で学ぶ逆からの思考法」 チャールズ W.グロエッチュ 著 サイエンス社 2002
解析学以前の逆問題、解析学における逆問題、微分方程式における逆問題、線形代数における逆問題、
という分け方になっています。
解析学では、微分と積分の関係が順問題と逆問題の関係。
現実的な逆問題は
微分方程式
の話が多い。
線形代数と、逆問題で重要な解の不安定性の関係は深い。
モデル式を示して、それに関係する順問題や逆問題の例をいろいろと示す形で解説しています。
「数理科学における逆問題」 チャールズ W.グロエッチュ 著 サイエンス社 1996
モデルのパラメタの推定の話もありますが、逆問題やその解き方を数学の言葉で説明している本です。
「逆問題 理論および数理科学への応用」 堤正義 著 朝倉書店 2012
逆問題で出て来る数学の内容を、専門的に解説している感じの本です。
統計学を使って逆問題を解く事は、この本で解説している正則化とは似ている点があるそうです。
「方程式と自然」 数理科学編集部 サイエンス社 1993
自然界を表す方程式の本です。
ひとつの章が逆問題になっています。
「固有値(スペクトル)が安定する式が、どんな式なのかの研究は、KdV方程式から始まった」、という話が逆問題の話になっています。
順路
次は
システム論