「模倣」は「真似」とも言われますが、あまり良い意味で使われません。 人の成果を自分の成果として発表する「模倣」は、確かに問題があります。
一方、模倣は良いものという事以上に、人間が生きていけるようにするために必要な事でもあります。 認知心理学 では、そのような模倣が研究されています。
昔ながらの指導方法に「説明しない」というものがあります。 「技は盗むもの」、「背中を見て学ぶ」といった考え方です。
この指導方法の問題として、「時間の無駄」や「何年たっても状況が変わらず、何も身に付かない」というものがあります。
人によっては、また、分野によっては、説明しない理由が、権威を守るためなこともあるため、悪いものとされて来た歴史があります。
こういった事の対策として、模倣は廃止して、「ノウハウは文章や絵にして、自分で学べるようにする」、「懇切丁寧に手取り足取り教える」といったことがあります。
一方で、「模倣」という学習方法の良さが見直され始めています。
脳科学 などで、「そもそも人間は模倣することで、生きて行くための方法を幼い時から学び続けている」という事の研究があり、模倣の再評価に、役立っているようです。
型とは違いますが、マニュアルによる学習も型と似ています。
未知の分野であっても、マニュアルに書かれている手順の通りに進めることで、自分一人では不可能なことを可能にします。 これを繰り返すと、その分野の考え方がだんだん身に付いて来ます。
模倣は、 「先生の行動を生徒が模倣」、「大人の行動を子供が模倣」、というのが一般的です。
一方、子供向けの教育方法に、「逆模倣」と呼ばれるものがあります。 これは、子供の行動を指導者(親)が真似をします。 望ましい行動だけ模倣する方法や、一挙手一投足に至るまで模倣する方法もあります。
逆模倣の効果は、実践の場で確かめられていますし、筆者自身も実感しています。 一方で、「なぜ、効果があるのか?」という点については、よくわからない点もあります。 効果と理由について、思い付く範囲は下記になります。
ビジネスの啓蒙書などでは、「褒める」、「いいねする」ことの効果がよく言われています。 部下の育成や、創造的な活動に、とても効果があります。
逆模倣では、相手を積極的に肯定するので、こうした方法ととても似ています。 大人向きか、子供向きか、という違いだけで、人間の同じ仕組みを使っているのかもしれません。
心理療法 では、クライアントの考えている事や言いたい事を、とにかく聞く、「傾聴」という方法が有効とされています。
指導者側の考えにクライアントを合わさせるのではなく、クライアント側に合わせるというあり方は、逆模倣と似ています。
逆模倣の参考文献は、 自閉症スペクトラム のページで 「より自然なABA・汎化しやすいABA・逆模倣」 で分類しているものになります。
「「型」の再考 科学から総合学へ」 大庭良介 著 京都大学学術出版会 2021
科学的な方法を補う方法として、「型」を説明しています。
武道と漢方薬の分野における著者の知識の経験が元になっています。
・型は、達人の叡智が詰まったもの。
・型は、言語化や思考を通して身に付けるのではなく、直接的に達人の叡智を身に付ける方法になる。
・型を、言語化したものはあるが、その真意は、体得した人や、体得に近い状態の人でなければ理解できない。
・型を身に付ける時は、違和感や不自然さを感じながらになる。しかし、一度身に付ければ、一部分を抜き出すといった自由な使い方ができるが、最初から一部分を抜き出しては身に付かない。
・型の習熟度は、師でなければわからない。
・ひとつの分野で学んだ叡智は、他の分野にも共通性がある。
・型では、各要素の定義は、身に付けていく過程で変化していく。
生命科学では、数式や論理式も使わずに主張が展開されるが、研究が重なる中で言葉の定義が変化していく。
例えば、「タンパク質」という言葉も、変化している。
・異なる型では、要素間の関係性も同じではない。例えば、漢方薬における証(症状)と方剤(薬)の関係性は、いろいろある。
・型は固定的でが、型から学ぶ叡智はその人の中でも変わっていく。
・型が何かを理解するには、記号そのものと、記号の示すものを分けて考える
記号論
の考え方が役に立つ。
・著者は、バックグラウンドとなっている生命科学に「型」の考えを取り入れることで、「型」を学ぶということと、「型」を応用するというアプローチを提案されています。
・デザイン思考やアート思考は、イノベーションや想像力にアプローチする「型」になる。
・著者は、既存の学問分野を「型」と考えて、それらと総合的に向き合う「総合学」を提唱されています。
「私たちはどう学んでいるのか 創発から見る認知の変化」 鈴木宏昭 著 筑摩書房 2022
複数の要素の相互作用による創発によって、認知の変化が起きる、ということを説明した本です。そこから教育のあり方の考察につながっています。
従来の発達の理論では、発達の各段階における行動は、その時に参照するリソースがあると考えている。
この考え方は、平均値の変化だけを見る考え方になっている。
実際は、平均値の周りに揺らぎがあり、参照するリソースは常に複数あって、その時の状況と応じて重み付けが変わって、行動が決まってくる。
揺らぎが大きいと、「ひらめき」が起きやすい。
揺らぎを大きくするには、制約を緩和する。
制約の緩和は、多様な試行の経験、失敗の経験がいる。
レールの上を進むようにして、揺らぎのない学習で進んでくると、創発が生まれにくくなる。
現代の教育が取り入れた方が良いのが、昔からある徒弟制。
師匠と生活も共にすることで、師匠の技の原因系(背景)を幅広く学ぶことで、結果的に技を身に着けて行く。
師匠の結果系ではなく、師匠の原因系の模倣からする。
これと似た話として、特定のヘビーユーザーの職場に行き、その人と時間の共有をすることで、新しい缶コーヒーの開発につなげた人がいる。
(原因系の模倣の話を読んで、「これは
質的研究
の有効性を裏付ける話」と、筆者は思いました。)
「模倣の法則」 ガブリエル・タルド 著 河出書房新社 2007
人間社会は、模倣によって変化が起きているという仮説の本です。
社会にある普遍的な反復は、波動、生殖、模倣の3種類がある。社会的な変化は模倣によって起こる。流行もそのひとつ。
模倣は論理的には起きない変化を起こす。
その時その時の模倣を定量的に見る方法として、社会統計学という統計学に期待
「ミラーリングの心理学 人は模倣して進化する」 フィオナ・マーデン 著 原書房 2021
人間は、ミラーリング(模倣)して生き方を学んでいく。
ストーリーを学んでいる。
ロールモデル(模範にする行動)を自分で選ぶ。
また、良いロールモデルになれるようにする。
「「学び」の復権 模倣と習熟」 辻本雅史 著 岩波書店 2012
アメリカの母親の教え方は、教え方は、教え込み型で、やり方を分解して、説明していく。
「教わらなければ、身に付かない」という前提になっている。
日本の母親が教えるやり方は、浸み込み型で、やってみせて、同じようにできるようにする。
その時に子供に投げかける言葉は、声援のような内容になっている。
「自然に身に付く」という前提になっている。
方法は異なるが、時間に差がないことはわかっている。
近代の日本の学校教育は、教え込み型になっている。
日本に昔からある内弟子の制度は、浸み込み型。
江戸時代の手習塾では、師匠の読み方を真似るのが学習方法だった。
4書の素読学習をすると、たいていの本は自分で読めるようになった。
貝原益軒は、朱子学で説かれる「理」が、実際の世界では「術」として存在していると考え、
また術を言語化して本にして、後世に伝える活動をした。
宮大工の世界では、現場や、師匠との日常生活を通じて、見習う(見て学ぶ)。
師匠は、ぽつん、と一言言葉を伝える程度。
現代において、公文式学習法は、手習塾と似ている。
「模倣と創造 13歳からのクリエイティブの教科書」 佐宗邦威 著 PHPエディターズ・グループ 2022
創造的な
デザイン
ができるようになるために最初に必要なのは模倣としています。
美術の世界では、デッサンから始めますが、これが模倣です。
模倣の方法としては、よく観察して、それを再現します。
絵の場合は、逆さまにして、何の絵なのかがわかりにくくすると、「線だけを真似る」ということに集中しやすくなるそうです。
「知の創発 ロボットは知恵を獲得できるか」 伊藤宏司 編著 NTT出版 2000
匠の技のような動きがどのようにできてくるのかの研究が紹介されています。
人間の間接はたくさんあり、未熟なうちは、間接の自由度を拘束して制御しやすくすることで、動けるようにするそうです。
動きはかたいです。
練習を重ねると、複雑なパラメタ調整ができるようになってきて、動きのかたさが取れてくるそうです。
「匠の技の科学 材料編」 京都工芸繊維大学伝統みらい教育研究センター 編 日刊工業新聞社 2016
伝統工芸の分野で、匠が使用している材料がどのようなものであるのかを紹介しています。
「匠の技の科学 動作編」 京都工芸繊維大学伝統みらい教育研究センター 編 日刊工業新聞社 2017
伝統工業や、現代の加工機械、介護の現場で、熟練者がどのように動いているのかが紹介されています。
対象は、疲れない動作、素早い動作、人間にしかできない動作、美しさを感じる動作、現代工業での匠の動作に分かれています。
モーションキャプチャーを使った分析、目線、材料の上での軌跡が研究の方法になっています。
「バレット博士の脳科学教室7 1/2章」 リサ・フェルドマン・バレット 著 紀伊國屋書店 2021
他者といることで、自分の神経系が調節される。そのため、自分の行動は、他者の神経系の形成に対して責任がある。