トップページ | ひとつ上のページ | 目次ページ | このサイトについて | ENGLISH

言語の学習

言語学 の中では、生成文法の学派と、認知言語学の学派に、それぞれで言語の学習の仮説があります。

「どちらが正しいのか?」という議論がありますが、その一方で、どちらも仮説のきっかけになっている事は、間違いではないように筆者は思っています。 そのような立場で、言語の学習の理論について、現時点でわかっていることをまとめたのが、このページになります。
言語を習得

生成文法

生成文法は、チョムスキー氏が打ち出した仮説です。

人間は、生まれつき、様々な言語の元になる文法を持っていて、それが英語、日本語といった具体的な言語になって来るという仮説になっています。

「そのような文法があるとしたら、このようなものであるはず」、という考え方で、様々な言語を生み出すことのできる文法の研究が進んでいます。

認知言語学

認知言語学では、元々、人間は文法を身に付けているとは考えずに、 認知 をする過程で、文法を身に付けていくと考えていきます。 言語の習得は、目、耳、等のさまざまな認知から複合的に進むものとしています。

百科事典的、と表現されていますが、ひとつの言葉には、様々な使い方や側面があります。 また、そうした言葉は、近い・遠い、といったネットワークを持っています。 こうしたことを経験を通して、積み重ねることも、言語の習得の中で起こると考えます。

認知言語学には、人間の思考は、抽象的なものや経験したものを参照しながら行う、という考えが入っています。 これがあることで、意味と言語が結び付くと考えるようです。 またこうしたメカニズムを考える上で、「メタファー(隠喩)で、なぜ、コミュニケーションができるのか」という点が研究のヒントになっているようです。

認知言語学の前に、生成文法論と似たものとして、生成意味論ができたのですが、意味と言語を直接的に結び付ける仕組みを想定したので、 うまく行かなかったようです。

機械学習との関連

認知言語学でも、生成文法の理論でも、言語の習得の仕方の仮説があるのですが、いずれも 機械学習 の異なるアプローチで説明できるようです。

生成文法による言語の習得の仮説

生成文法の理論では、 単純な例を挙げると、
Y = a * X + b ・・・生成文法
Y = 2 * X + 1 ・・・言語A
Y = 5 * X - 4 ・・・言語B
といった考え方をします。

言語の習得とは、このパラメタを決めるプロセスと考えます。 また、この考え方によって、人間は膨大な量のデータがなくても、特定の言語を習得できるという考え方をします。

認知言語学による言語の習得の仮説

認知言語学では、 画像から「顔」や「犬」というものを見つけ出す方法が近いです。

自分の周りの認知が深まっていくことが最初にあります。

言語の学習

以下は、生成文法や認知言語学などの 言語学 関係の文献の他に、 哲学脳科学人工知能(AI)応用行動分析学(ABA) などを調べたり、自分が携わった中での経験を元にしてまとめてみたものです。

単語の用例の学習

哲学 では、「人間とは何か?」、「生きるとは何か?」、「『ある』とは何か?」という研究があります。

その研究の中で、「人間の単語の意味は、用例(使い方)の学習から決まる」という仮説もあります。 つまり、「人間とは何か?」を考えている時には、 真理のような「人間」ではなく、 自分が経験した「人間」という言葉が使われている場面を思い浮かべているという考え方です。 このため、「単語の意味は、人によって異なる」、「正しい定義はない」というようにして、理解します。

膨大な量の用例から、例えば、「『りんご』の後には、『落ちる』や『食べる』という単語が来ることが多い」ということを学習します。 前後関係の情報が、単語の意味として使えるようになります。

話は脱線しますが、 人工知能(AI) として使われる レコメンドシステム自然言語処理 は、この仮説が使われている技術です。 単語の用例から、欲しい情報をとります。

しかし、 応用行動分析学(ABA) での言語習得の方法なども考えると、「用例の学習だけ」ということではなく、現実にあるものを通した学習も一方であります。 この区別や、使い分けは、その言葉が抽象的か、具体的かで区別すると良さそうです。 下図は、その考え方をまとめてみたものです。
認知と推論

グループ化と抽象化

単語の用例の学習だけだと、応用ができません。

グループ化と抽象化もあります。 「『りんご』と『みかん』は似ているものらしい」というグループ化ができると、そういうグループがあることを知ります。 さらに、どこかのタイミングでそのグループは「くだもの」という名前であることを知ります。

グループ化ができると、「りんご」が使われていた用例について、「みかん」で置き換えるということができ、「みかんを食べる」という自分の欲求を表現できるようになります。

文法の学習

認知言語学では、文法は、単語の学習を通して自然と学習できるもののようです。 例えば、「『を』という単語の前には、名前を表す単語が来ることが多く、動きを表す単語が来ることが多い」という理解によって、文法を学習します。

文法とは

文法の解説書では、「完璧な体系を持った文法が存在する」といった前提で書かれている感じがします。

しかし、まず、話し言葉では、文法通りになっていないことが多いです。 会議の録音を、そのまま文字にすると、文法的には成り立っていないことが普通です。 言葉の継ぎ足し継ぎ足しで、言いたいことを伝えています。

文法は、単語の用法の学習が進むと学習できるものと考えると、文法というのも用例の集まりです。

例えば、「日本にいる人が多く使う用例が、日本語の文法としてまとめられている」と考えるのが自然なようです。

改めて「生成文法」を考える

言語について、生成文法のような生得的な何かがあるとしたら、あらゆる言語の文法につながるような抽象的な文法ではなく、 単語を学習して使えるようになっていく人間の脳の仕組みではないかと思います。



参考文献

認知言語学

はじめての認知言語学」 吉村公宏 著 研究社 2004
認知言語学のキーワードやポイントのひとつひとつを章にして、かみ砕いた解説をされています。
言語は、伝えようとするものを表現するもの。
カテゴリー化:グループに分ける。
プロトタイプ:カテゴリーの中の代表例。
家族的類似性:カテゴリーの中の類似性。
スキーマ:そのカテゴリーの理想的な例。抽象化したもの。型。
言語カテゴリー:名詞、動詞、など
動詞と動作主の関係を調べる。
構文で意味を伝える。構文には多義性がある。
メタファー:類似性。概念のうつしかえ
メトニミー:隣接性。近くにある別のもので表現。
ことばの変化:意味は変化していく。


日本語教師のための応用認知言語学」 荒川洋平・森山新 著 凡人社 2009
応用認知言語学 : 認知言語学を日本語教育に応用する分野
生成文法の立場では、母語(第1言語)の習得は、「文法の元があって、経験を重ねることで、特定の文法が定まってくる」、と考える。
第2言語の教育の場では、母語の習得のように、日常生活の中で自然に習得するのを待つのではなく、積極的に教えて身に着けられるようにする場になる。
従来の方法は、文の例を繰り返し反復練習する方法や、文法そのものを教えることから始める方法で、文法を先に学ぶようにしている。
認知言語学的な方法では、語彙の勉強からになる。 人間が外界に境界を見つけて、外界を認知していくようなプロセスに近くする。 文法は、語彙の学習からボトムアップ的に身に着けるものと考えている。
「認知的な方法」という名前になっていても、生成文法の理論を元にしているものがあり、注意が必要。


日本語表現で学ぶ入門からの認知言語学」 籾山洋介 著 研究社 2009
認知言語学の入門的な話もありますが、「物の見方によって表現が変わる」という点の話も多い本でした。
予測や、原因の推論について書かれている章があります。 例えば、「財布が落ちている」と言った時は、落ちるところを見ていなくても、「落ちたから、そこにある」という推論が入っている、といった話になっています。


認知言語学の大冒険」 鍋島弘治朗 著 開拓社 2020
認知言語学を「捉え方の言語学」や、「イメージの言語学」と、表現しています。 具体的な文の例を示しながら、イメージがどのように文になっているのかを解説しています。
この本では、 メタファー(隠喩)の話が多いです。


言語学の教室 哲学者と学ぶ認知言語学」 西村義樹・野矢茂樹 著 中央公論新社 2013
対談形式で、認知言語学を学ぶ本になっています。
認知言語学では、言語の変化を扱える。 生成文法は、言語の通時性ではなく、共時性を扱う物。 通時性が言語の本質であり、同じ文法が無限に様々な表現ができるというのは、付帯的(一時的)な現象


認知言語学」 大堀寿夫 著 東京大学出版会 2002
単語のカテゴリーやメタファーの話の後に、事象構造として、人間は、起きていることを順番に認知して、 それが因果の連鎖として認識されていることの説明があります。 その後に、そういった事を記述するために構文があることの説明があります。 文法は、新しい事象構造を説明する手段として、発達するものと考えます。 最後に、言語習得の仮説を、生成文法による仮説と比べています。


子どもに学ぶ言葉の認知科学」 広瀬友紀 著 筑摩書房 2022
子供の言葉は大人が聞くと、正しくない時がありますが、 なぜ、そのようになったのか、その子供にとっての正しさは何か、ということを研究されています。


ことばの前のことば うたうコミュニケーション」 やまだ ようこ 著 新曜社 2010
ひとりの子供の0才の頃の観察記録(質的研究)から、理論化を進めています。
研究方法自体についての考察も多いです。


ことばのはじまり 意味と表象」 やまだ ようこ 著 新曜社 2019
ひとりの子供の1才頃の言葉の発達と、その背景にある概念の発達を研究しています。 「ここ」のような場所と言葉が結び付いたものについての研究もあります。


ものがたりの発生 私のめばえ」 やまだようこ 著 新曜社 2019
0才から3才までの間に起こる言葉の発達や、その背景にある物の考え方の発達を、ひとりの子供の詳細な記録から研究しています。


生成文法

脳とAI 言語と思考へのアプローチ」 酒井邦嘉 編著 中央公論新社 2022
チョムスキーの生成文法は、物理学のように、言語の分野における基礎理論としたのが画期的としています。
17世紀に、「ポール・ロワイヤル文法」が研究された。普遍的な文法という点では生成文法と同じだが、数学的なアプローチがなかったのが違い。
この本は、認知言語学に対して否定的。人間に特有の言語の使用を、他の認知の仕組みと同じように経験によるものと考える点と、 脳の仕組みを無視しているという点を理由にしている。
生成文法では、普遍文法から特定の言語を結び付ける仕組みは、「データを得ると関数のパラメタが決まる」という考え方。


チョムスキーと言語脳科学」 酒井邦嘉 著 集英社インターナショナル 2019
チョムスキー氏の理論を正として、いかにしてそれを証明するのか、という立場でまとめられています。
脳の仕組みのどこに、生成文法があるのか、という考察もされています。


チョムスキー入門 生成文法の謎を解く」 町田健 著 光文社 2006
文法とは何かから始まって、生成文法を解説しています。


本当にわかる言語学 フシギなくらい見えてくる!」 佐久間淳一 著 日本実業出版社 2013
生成文法については、抽象度が高く、とても細かいことに言及する理論になっている点について、本当にそのような複雑なものを人間が使っているのか、 という点や、不完全な文法でもコミュニケーションは成り立つ点、等を挙げて、仮説の妥当性についての疑念を挙げています。


はじめての言語獲得 普遍文法に基づくアプローチ」 杉崎鉱司 著 岩波書店 2015
生成文法を生まれつき持っているという仮説に基づいて、実際に幼児が生成文法をカスタマイズして母語を獲得しているのか、という実験をいろいろとしています。


言語能力の測定

子どもの言葉データサイエンス入門  形態素解析システムjReadabilityの活用と検証」 田端健人 著 パイデイア出版 2021
形態素解析 を応用して、使われている言葉の難易度を測れるようにしています。
これを使って、小・中学生の言葉の習熟度を分析する研究を紹介しています。



順路 次は 論理学

データサイエンス教室